正直twitterのTLを見ていて、少し怖くなる。
善意であることは間違いないが、やはりこれは、興奮状態であり、一種のパニックではないだろうか?
「被災者の役に立ちたい!」「何かしてあげたい!」という気持ちはとても素晴らしいものであることは疑う余地もない。
しかし、今twitterのTLを眺めていると、あまりの興奮状態に
「自分は何も出来ていない」「何かしなくては!」という強迫観念さえ感てしまう。
「自分は何も出来ていない」「何かしなくては!」という強迫観念さえ感てしまう。
そう感じている人も少なくないのではないだろうか?
そもそも人一人で出来ることには限界がある。それでもまずは、それをきちんとやる。
そんな常識を誰もが持っているだろうが、多くの人の協力を得て、また巻き込んで、
達成しようとする影響力の大きい方たちの動きが、TLには目立つ。
決してこれを否定するわけではない。むしろ推奨したい。
しかし、こうしたアグレッシブな"活動報告"が溢れることで、
一種の脅迫観念が伝播しているのも事実だと思う。
そんな常識を誰もが持っているだろうが、多くの人の協力を得て、また巻き込んで、
達成しようとする影響力の大きい方たちの動きが、TLには目立つ。
決してこれを否定するわけではない。むしろ推奨したい。
しかし、こうしたアグレッシブな"活動報告"が溢れることで、
一種の脅迫観念が伝播しているのも事実だと思う。
正直難しい問題である。こうした活動で確実にポジティブな成果もあげている。
この震災におけるtwitterの貢献は凄まじいだろう。
ただなんだろう、今まで感じたことのない、一種の興奮状態、そして怖さを感じてならない。
この震災におけるtwitterの貢献は凄まじいだろう。
ただなんだろう、今まで感じたことのない、一種の興奮状態、そして怖さを感じてならない。
試しに1日TLから離れてみると、すっと冷静になれるように思う。
人によっては今TLを追うのが辛くなってきている人もたくさんいるように思う。
今、この瞬間に貢献できることも無論大事だが、大切なことは、
復興を支えるという、最終的なゴールに向けての長期戦だと思う。
強く、長くこの意識、情熱を保つことだと思う。
復興を支えるという、最終的なゴールに向けての長期戦だと思う。
強く、長くこの意識、情熱を保つことだと思う。
なぜなら恐らく被災地かなら遠く離れた場所にいる人間が、
今まさに生死に直面している人間の命を救うこに貢献できることは、そうそうないと思う。
節電や募金が間違いなく最良だろう。
今まさに生死に直面している人間の命を救うこに貢献できることは、そうそうないと思う。
節電や募金が間違いなく最良だろう。
むしろ大切なことは、この感情や感覚を、興奮やバブルで終らせるのではなく、
少しだけ冷静になって、1ヶ月後、半年後、1年後、数年後まで絶やさず、
支援していくことを考えてもいいのではないだろうか?
少しだけ冷静になって、1ヶ月後、半年後、1年後、数年後まで絶やさず、
支援していくことを考えてもいいのではないだろうか?
僕は正直、タイムラインを見ていて少しだけ怖くなる。
善意であることは間違いないが、やはりこれは、興奮状態であり、一種のパニックではないだろうか?
(誤解しないでほしいが、アクションしている人たちは本当に素晴らしいと思っています。)


